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四川省眉山市 ~ 人口 296万人、 一人当たり GDP 30,000 元


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  斉通県城(安楽県城、通義県城)



【 眉山市の歴史 】

周囲の遺跡から、古代より人類の生息が確認されている土地柄であったが、眉山に関する記述が史書に登場するのは、南北朝時代の496年、南斉王朝により、犍為郡武陽県の南側に、斉通左郡が設置されてからである。そして、南梁王朝の520年代、斉通左郡は斉通郡へと改名され、建斉通県も同時に設置され、その役所は同じ、この地に開設された。その後、青州、眉州などの統治機構の変更があったものの、斉通県城はそのまま継続される。
北周時代の558年、斉通県が廃止され、安楽県が新設された。県役所は引き続き、この眉山市街区にあった。その後も、度々、地名変更が行われる。そして、隋朝時代は眉山郡が設置され、郡役所は龍游県(今の楽山市)となる。安楽県は引き続き、この管轄下とされる。隋朝後期の606年、嘉州は眉州へと再変更され、州役所は通義県城内に置かれた。現在の眉山市の中心地にあたる。そして、後に再び、楽山市側にあった龍游へと郡役所は移転されている。

その後も、すぐ南側の現「楽山市」と関わりながら、行政区分けが実施されていく。中華人民共和国の成立後、楽山市の管轄地区の一つとして眉山県が存在したが、中央政府の勧告に基づき、地級市へと格上げされ、楽山市から分離独立する形で、1997年、眉山市が成立し、今日に至っている。

眉山市

この地も、現在はかつての斉通県城時代から続く古城壁はすべて撤去されてしまっている。街の路地に少しばかりの名残が残る程度である。小北街、南大街、小南街、府街、正西街、小西街、大東街、正東街、倉房街、文廟街、順河街、馬草街、老泉街。


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