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1、はじめに ~歴史を学ぶとは何か~
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2、超テクノロジーによる近未来社会と「歴史学」
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3、自分専用 AIエージェントの日常化と 社会的インパクト
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4、AIエージェントによる社会的底上げと 教育改革
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5、AI時代を見据えた「日本の近現代史研究」の価値とは
1、
はじめに ~歴史を学ぶとは何か~
ドイツ帝国の鉄血宰相 オットー・ビスマルクは「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉を残している。他にも、「歴史は現在と過去のあいだの対話である(イギリスの歴史学者 E.H.カー)」、「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目になる(ワイツゼッカー 元ドイツ大統領)」、「川を上れ、海を渡れ」など、歴史を学ぶことを推奨する格言は多い。
総じて歴史とは、過去の出来事から「なぜそれが起きたのか」の原因や関係性を分析し、その教訓を現在や未来に活かすために学ぶべものという意味合いで解釈されている。このため特に 政界、財界のリーダー層は歴史に造詣の深い人物が多く、一人の人間だけの経験値や知見に限定されることなく、たくさんの先人らの 体験実録 = 歴史 を学び続けることで、自らの人生設計や指針選択に活かそうと研鑽を積んできたわけである。
このように歴史的教養の重要性に関しては衆目の一致するところだが、今後もタイムマシーン技術は実現しそうにない。時間は戻せないという現実の下、本稿では、AI(人工知能)をはじめとする超テクノロジーが日常に標準装備された近未来において、我々はそれら歴史上の教訓をどのように効果的に応用できるのか、について考察を進めてみる。なお、ここで言う「超テクノロジー時代」とは、何も100年後、200年後の遠い話ではなく、10年後に迫る未来であることに注意されたい。
2、
超テクノロジーによる近未来社会と「歴史学」
綿々と連なる「人類の体験実録」を、ある特定のテーマや課題に沿って研究する学問が歴史学であるが(東洋史学、西洋史学、日本中世史学 など)、他にも 法律学、経済学、政治学、心理学、医学、工学など多分野にわたり、過去の成果や 実績、失敗事例などが体系的に研究されており、「歴史」はあらゆる分野で重要な研究対象となってきたことが分かる。
そのアプローチ方法は主に過去の膨大な資料収集と解析により進められており、その成果の多くは情報の山と格闘する 研究者や愛好家らの個人的努力に委ねられてきたわけだが、昨今の AIとデジタル技術の急速な進歩により情報処理速度&効率が格段に向上したことで、例えば膨大な古文書や 難読文字、書き間違い文字の解読が瞬時に可能となり、また不鮮明な画像修復が容易となり、さらにマルチ言語対応によって比較研究が省力化されている。その上、それら全ての同時処理が専用ロボットによって 24時間不眠不休で進められているのだ。
他方、生前から残された故人の膨大な 記録情報(デジタル遺産、ライフログの デジタル・アーカイブ など)を、AIに学習させ 3Dデジタルで合成することで、その人格を忠実に再現した AI個体(故人とそっくりなホログラムやチャットボット)が、本人の声でリアルにコミュニケーションできるようになっている。現在、すでに中国で一般向けサービスとして実用化されており、また日本でも、NHK紅白歌合戦(2019年)に登場した「AI美空ひばり」や、故・手塚治虫の 新作『ブラックジャック』制作プロジェクト(2023年)などで応用されている。
今後もさらに多くの故人や現在生きている人々がデジタル再生され、後世や同時代の人類との無限のコラボレーションが実現されていくことだろう。特に、こうした AI故人とのコミュニケーションを通じ、今後の 歴史研究、歴史ドラマ制作、歴史小説執筆などで新たな価値創造が可能となってくるかもしれない。
目下、まだまだ人間の手による操作管理や指示が必要なレベルの AI技術だが、深層学習などの高度な機械学習をさらに積み重ねることで、間もなく自律的な判断を臨機応変に下せる AGI(汎用人工知能)、ASI(人工超知能)への進化が予想されている(下図表)。その成長は指数関数的スピードと言われ、 下の工程表をはるかに上回る速度で進歩してくる可能性が高い。
これに合わせて、歴史研究者らの補助作業から論文執筆まで、万能型となった AIは多岐にわたる工程で関与するようになっていくことだろう。また一般生活でも大きな変化が予想されている。最新情報から個人的な調べものまで、タイムリーかつピンポイントで有用情報が伝達されるようになり、これまで限られた読者や支持者にのみ届けられていた研究成果や難解な情報が、平易かつ気軽に一般普及されてくるわけである。それらは何も歴史学のみならず、法律学、医学、心理学、化学など、あらゆる人類知を網羅するわけだ。
その上、それら AI技術は決して感情的になることなく、常にユーザーに寄り添いながら、何度でも時間をかけて 情報提供、交信してくれる。このように 24時間 365日にわたり、自分のためだけに 抽出、厳選された情報や助言が最適なタイミングで随時配信されることにより(アンビエントコンピューティング:ユーザー個々人に寄り添って自律的に作動するシステム環境)、人々は事前に予期されるリスクなどを察知した上で、最善の行動選択が日常的に取れるようになってくるわけである。
また現在、「ブレーン・マシン・インターフェース(BMI)」と呼ばれる、人間の脳波検出や逆に脳へ刺激を伝えるシステムが開発されており、わざわざデバイス端末などを持ち歩かなくても、脳内で自分専用 AIエージェントと対話できるようになっていく未来も近づいている。
3、
自分専用AIエージェントの日常化と社会的インパクト
このような超テクノロジー搭載のアンビエントコンピューティング整備が進み、脳内の知識量や思考経路が無限に調整可能となると、人間の行動様式や価値観、さらには社会構造そのものに大きな変化が迫られてくることは間違いない。
平成初期までは、新聞・雑誌、テレビ、ラジオなどのマスメディアが情報界の絶対的支配者として君臨し、一般人はその選別された配信情報だけに視聴を限定される存在だったが、平成中期に至り、インターネットと パーソナル・デバイス(PCなど)が普及してくると、個人でも簡単に情報検索&発信が可能となり、逆にあらゆる情報が無制限にナマ配信されるようになってきている。こうした中、Googleなどの検索大手はサイトや発信情報などの有用性をランキング化することで、ネット空間上での秩序確立を図ろうとしてきた。
さらに、この 15年間ほどで一気に普及したスマートフォンにより、情報へのアクセス環境は劇的に変化し、社会の二極化はますます拡大するようなっている。すなわち、知的好奇心や探究心、ITリテラシーの高い人々にとっては情報収集・配信の選択肢が増した一方で、引き続き、情報を受信するだけの受動的な層もかなり存続しており(ITに不慣れな高齢者なども含む)、その格差は広がる一方というわけである。
ここでは特に歴史学に焦点を当て、その「過去の教訓を今に伝授する」という最大効用に着目し、近未来社会の人類が選択するであろう行動パターンを、下記のマトリックス表にまとめてみた。なお、24時間不眠不休の AIパートナーにより、これまでの歴史エピソードに基づく 失敗事例&教訓談、破壊的な未来予測や警告、取り得る行動の選択肢とそれぞれの成功確率などが、生活上の各場面で臨機応変に自動提示されていくと想定している。
また、下表の縦軸にある「自分軸、強弱度合い」の項目であるが、これは本来、好み、こだわり、生き様、性格、自己肯定感、思想、信条 などにより構成される自我であり、アイデンティティとも言い換えられる。これらが一種のバイアスとなって、人生観や 社会観、宗教観、歴史観を形成させていくわけである。その自分軸へのこだわりの強弱により、各情報への能動的、受動的反応が分かれていくと考える。
AIエージェント利用度 少ない
AIエージェント利用度 多い
自分軸 弱い
周囲や感情に流されるだけ
の行動選択が多い(A)
配信情報や推奨データに
そのまま従いやすい (C)
自分軸 強い
自分自身の興味関心や価値観に
基づく情報収集、行動選択を
重視し、理想実現に励む(B)
情報収集&検証&発信ツール
として積極的に使いこなし、
目標達成と自己実現に励む(D)
AIエージェントが存在しなかった平成時代中期までは、上のマトリックス表のうち、左 2枠のみで大別できた(カテゴリー Aと B)。そもそも歴史学習などに興味のない層が社会の大多数を占める中、多くの人々の最終判断はその時々の感情や集団心理に基づく選択が多かったわけである(カテゴリーA)。経済学者ケインズが唱えた美人投票論は、こうした集団心理を比喩したものと言える。
それが AI時代に至り、新たに右 2枠が追加されると(カテゴリー Cと D)、それまで集団心理に流されていた人たちが自分専用 AIエージェントの助言を受け、その行動選択や生活習慣を大きく変化させてくると考えられる。すなわち、経済的困窮、孤独死、セルフネグレクト、多重ローン、薬物&ギャンブル依存などの典型的な人生転落パターンから、ブラック企業による 過労死、いじめや虐待、食事と健康管理、生活習慣病、交通事故などの日常のトラブルまでも回避しやすくなる、というわけである。また未婚率上昇が指摘されて久しいが、その最大のしわ寄せを受けるのが中高年男性と言われる。背景に人との関わり合いが希薄化し、不摂生で自堕落な生活が常態化して孤独死や早死に陥りやすいためとされる。また 2025年度は統計開始以来、全国の自殺者数合計が 2万人を下回ったと報じられていたが、逆に小中高生の自殺者は 2年連続で過去最高を記録したといい、進路や SNS、健康問題などに苦悩する若者の闇が明白となりつつある。もし、自分専用 AIエージェントが標準装備されれば、こうした負の連鎖のどこかのタイミングで歯止めが掛けられることにもなると考える。
4、
AIエージェントによる社会的底上げと教育改革
もちろん理想を言えば、自己責任と内発的な興味関心に則り、一人ひとりが法律や 歴史、経済、文化、医療、美容、道徳などを自力で学び、自らの頭で考え、行動選択していくことがベストであろうが、そんな完璧な人間はそもそも多くはない。前項で見た通り、AIエージェントの標準装備化は一定の成果を挙げ、社会全体をボトムアップさせることは間違いないだろうが、すぐにデメリットやリスクも思い至ることだろう。すなわち、AIに操られるだけの盲目的な人間の量産、果ては AIによる人類支配の進行という危惧である。
しかし、社会的断絶と孤立化、情報格差拡大が進む現代社会にあって、こうした超テクノロジーによる社会的底上げ策に対抗し得る、明確な代案は存在するだろうか?2018年1月に世界で初めて「孤独担当大臣」(Minister for Loneliness)を新設した英国を始め、他の先進諸国でも社会的孤立や自殺、薬物依存などの人生転落パターンは早くから社会問題となってきたものの、未だに抜本的な解決策は見つけられていない。
近年のスマートフォン普及と同様、AIエージェントの社会的浸透も不可逆的な流れと言え、その結果、情報に受動的な層と能動的な層との二極化がさらに押し進められていくことも不可避であろう。特に前者においては AIエージェントへの依存度が増し、思考停止や行動パターンの均一化が進む可能性が高い(カテゴリー C)。逆に自ら学習し情報発信に励む後者の人々は、自分自身を見失うことなく AIツールを使いこなし、常に高度な思索と理想の追求に励むことができると考える(カテゴリー D)。この両者の違いは、先述の通り自分軸の強弱、さらには、自身の Well-being に対する主体性や他者との共感の度合いをどれぐらい重視するか、に左右されてくると言える。
当然、今後の学校教育や生涯学習の現場においては、この「カテゴリーD」に入る人々を増やす、という目標が明確になっていくだろう。すなわち、ラクして答えを得るためだけのツールとして AIエージェントを認識するのではなく、自己啓発力や 自己実現力、自己肯定感を向上させ、自らの理想実現のためのパートナーとして活用する習慣と能力の獲得が目指されていくわけである。その主眼は、AIエージェント相手に積極的に問答を繰り返し、心理学の二重過程理論にある「システム 1(直感的、感覚的、無意識的、習慣的に判断する“早い思考”)」と「システム 2(意識的に論理を展開する“遅い思考”)」の、それぞれの強化と連携訓練を積むことに注力されていくだろう。ちょうど将棋界で活躍中の藤井聡太さんが AIをパートナーとして練習を重ね、史上初の八冠を獲得した事例と同じである。その上で、五感をフルに使った体験学習、あらゆる時代や場面を想定したバーチャル体験学習、世代や場所を超えた生身の人間どうしのディベート授業、チームワークを高める共同作業なども積極的に導入されていくべきだろう。「失敗は成功のもと」の格言通り、失敗や間違いを恐れず積極的にトライし、いかなる結果からでも挽回する地力と気力、そのための AI活用スキルをしっかり身につけてもらうべく、行政側では定期健康診断にあわせて、定期的な AI依存度診断の実施も重要なタスクとなってくるはずである。
5、
AI時代を見据えた「日本の近現代史研究」の価値とは
AIエージェントによる社会的底上げを通じ、一般ユーザー間での情報格差が無くなってくると、人々の最終的な行動選択の違いは個々人の価値観と訓練された思考力ということになってくる。
そして、この人々が価値観形成のための訓練と模索を重ねていく過程で、論壇各派のオピニオンリーダーが改めて注目されてくると考える。超テクノロジー時代のオピニオンリーダーは、万能型 AIエージェントがもたらすインパクトにも耐えられるよう、異なる思想グループ間での議論をさらに積み重ね、独善的思考に陥らないように柔軟かつ広い視座を鍛えつつ、自らの主義主張を 多角的、多面的に磨き上げていく必要性が高まっていくだろう。そうした練られた価値観や理念こそが、多くの人々に受容される魅力を宿し、最終的に AI文明に飲み込まれないための人類の防波堤として機能していくはずである。また最新技術の補助もあり、今日まで見落とされてきた、もしくは隠匿されてきた歴史事実や エピソード、解明困難だった国際政治の裏舞台や社会経済体制の検証なども進めやすくなり、これまでの歴史解釈や歴史観も是正と上書きが繰り返されていくこともあるだろう。さらに従来型の 左派、右派の枠組みを超越するようなグループも台頭してくるかもしれない。
と同時に重要となってくるのが、このような近未来社会を主導することになる AIとの関係性である。昼夜を問わず 24時間、機械学習を通じ指数関数的スピードで成長を続ける AIは、人類の知能を超えるタイミング(シンギュラリティ)が近いとされる。AIの持つ情報処理能力と決断スピードは圧倒的で、本来、人間の苦手や不得意を補い、さらなる効率化をもたらすために開発されたツールだったはずのものが、結果として人類にとって脅威の存在になりかねないとの警鐘が多数発せられている。こうした危機感を背景に、唯一無二の解決策となる AIアライメント研究(AIの行動指針をどのように設計していくかの AIセーフティー論や AI倫理論)が今、世界中の関心を集めているわけである。
この研究過程で、筆者は「日本の近現代史研究」がスポットライトを浴びることになる、と考えている。徹底した合理性と部分最適の追求により自然界を超越する科学世界を創造し、最終的に AI技術をも生み出した西洋近代文明は、非合理性を内包するはずの人間性や自然界への視座が絶対的に欠落していた。その結果、豊かさを追求し経済発展するにつれ、地球環境や社会コミュニティの破壊が進み、人々の間に精神疾患や生活習慣病などの副作用を多発させてきたわけである。
その反省から東洋思想、特に日本文化、それも明治維新以降、西洋近代化の過程で独自文化との融合に成功し、世界に冠たる経済先進国にまで成就させた「日本の近現代史」に注目が集められていくと考えている。「もったいない」「足るを知る」「八百万の神」「お互い様」などの伝統的価値観を保持しつつ、自然界と人間コミュニティとのバランスある世界観を近代文明生活にうまく融合させてきた日本の近現代史は(時に公害、少子化、都市化などの問題に直面しつつも)、超合理的主体の AIと非合理的生命体たる人類社会との共存関係の在り方を見直す好材料となり得るはずである。それ故に、AI制御に行き詰った全世界が行き着く先、それが「日本の近現代史研究」なのである。
こうした目的の下、膨大な日本近現代史の資料や言説を AIに学ばせ、アラインメントが進められていく近未来を見越し、日本の言論界やオピニオンリーダーらは自らの近現代史のさらなる検証と再考を図り、貴重な人類史的財産として改めて再整理していくべき絶好のタイミングを迎えていると言えないだろうか? 最終的に、AIとの 共存・共進関係を模索する人類全体の課題解決のためにも、そして同時に近未来に生きる個々人が各自でも模索してくるであろう、揺るぎない自分軸や世界観の創造と強化に寄与していく上でも、一石二鳥たり得ると信じる。
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