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湛江市
訪問日:20--年-月-旬 『大陸西遊記』~
広東省 湛江市 ~ 人口 795万人、 一人当たり GDP 29,000 元
➠➠➠ 湛江市内の 城跡リスト ➠➠➠
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雷州府城(海康県城、東合川城)
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遂溪県城
【 湛江市の 歴史 】
約 4000~5000年前の新石器時代の後期には人類の生息が確認されているという。さらに、遂溪県にある鯉魚墩貝丘遺跡は今から 7000~8000年前の新石器時代の住居跡とされており、雷州半島でも、この頃すでに人類の足跡があったことになる。
中原を統一した秦の始皇帝は、紀元前 214年、嶺南地方をも武力併合するに至り、 その翌年、この一帯を 3郡に分けて中央集権体制の導入を図る。このとき、湛江市一帯は象郡に帰属された。
その秦朝の治世も長くは続かず、間もなく中原で楚漢戦争が勃発し、再び混乱期に突入する中、嶺南地方では南越国が建国される。 しかし、紀元前 111年、前漢朝 7代目皇帝・武帝による武力遠征を受け、南越国も間もなく滅亡してしまう。
平定直後、前漢朝により占領地一帯に新たに 9郡が新設される。 このとき、湛江市南部である 徐聞県、海康県(今の雷州)、遂溪県の 3県は交趾部合浦郡下、北部の呉川県と廉江県は交趾部蒼梧郡下にそれぞれ帰属された。以後、交趾部は分裂や改名などを繰り返し、交州、合州、南合州、東合州などへと変遷していくも、行政区を統括した下部の郡城や県城はそのまま継承されていった。
時は下って、隋代から唐代初期、鉄耙県(今の湛江市郊外にある 湖光鎮旧県村)へ遂溪県城が移転される。
唐代の 634年、東合州が雷州へと改名され、以後、中国三大半島の一つとされる雷州半島一帯は、清代まで雷州府の統括とされる。また、先の北部 2県に関しては、広州、羅州、化州へと監督庁が変遷されていき、最終的に明代と清代においては高州府に帰属された。
北宋時代の 971年、雷州は 雷州軍(元代は雷州路、明代・清代は雷州府)へと改名される。南宋末期、元軍の追討を受け、華南地域へと逃走中の幼い 9代目皇帝(趙昺)が、1278年、 現在の湛江市内にある硵洲島へ一時滞在したことがあり、このとき、硵洲島が昇格され、翔龍県へと改名される。
明代初期から清代にかけて、東海島とその対岸の雷州半島側の旧県村とに椹川巡検司が設置される。
清末の 1899年11月、フランスと清国は「清仏互体訂広州湾租界条約」を締結し、雷州府下の遂溪県と高州府下の呉川県の 2県が管轄する陸地部分及び島嶼、これらに囲まれた 海岸地帯(麻斜海湾)全体をフランスの 租借地(99年契約)とすることが決定される。以後、広州湾と呼称されることとなり、仏領インドシナ連邦の管轄下に置かれ、広州湾行政総公使署が設置される。アナン総督が初代長官として赴任することとなる。フランス陣営の中国貿易の拠点として、広州湾一帯は大いに栄えたとされる。
1943年2月、日本軍により軍事占領され、傀儡政権が樹立される。しかし、日本の敗戦後の 1945年8月18日、中国国民党とフランスとの間で、「交收広州湾租界地専約」が締結され、広州湾は中国へ返還されることとなる。翌年、広州湾は湛江市へ改名される。なお、その命名の由来であるが、かつて存在した 椹川県(もしくは、域内の東海島に設置されていた椹川巡検司)をベースとし、さらに大河をイメージした拡大解釈で「湛江」に決定されたという。
1946年2月15日に湛江市制が開始され、今日に至ることとなる。
なお、現在の湛江市中心部は、清末のフランス租借領となって以降に開発された都市で、フランス植民地時代の洋式建築が数多く残る観光地となっている。しかし、清代以前の城郭都市の時代、この雷州半島一帯の中心都市として栄えたのは、市街区から南へ 50 kmの現在の雷州市旧市街地であった。
ここが、かつて 海康県城(東合川城、雷州府城)と呼ばれた地で、雷州半島全域の 政治、経済の中心として前漢時代から清代まで君臨した中核都市であり続けた。現在、その城壁や城門などの遺跡は完全に撤去されており、跡形もないわけであるが、旧市街に残る路地や地名には、かつての記憶がはっきりと刻みこまれていた。環城東路、環城南路、雷城南門市場、城南村、曲街南亭街、二橋街(かつて堀川にかかっていた橋跡)、雷湖(堀川跡)、環城北路、城北小学、鎮中南街 など。
他にも、湛江市街区の北にある遂溪県の旧市街地でも、かつて遂溪県城があった。今は城壁跡などは一切残されていないが、やはり路地名にかつての記憶が息づいていた。南門田、府前路、西溪湖(かつての堀川跡)、南門圩幼稚園、西城街、城内市場 など。
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